混迷を極める世界情勢。その根源を理解するには、オルテガの『大衆の反逆』こそが最重要の書物ではないでしょうか。
ホセ・オルテガ・イ・ガセットは、1955年に亡くなったスペインの哲学者。その主著『大衆の反逆』が発表されたのは1930年。その後スペインでは、フランコ将軍のクーデタによる内戦が始まり、まさにオルテガの提起した問題意識が現実の脅威となる中、オルテガ自身も亡命を余儀なくされます。
オルテガは、20世紀に入り勃興した「大衆」こそが、社会に混乱を招く根源となり、結局ファシズムやボルシェビズムといった「全体主義」を招いてしまったと主張したのです。
オルテガは言います、『現代は、あらゆるものを支配しているが、おのれ自身を支配していない時代である。おのれ自身の豊かさの中で途方に暮れている。かつてなかったほどの手段、知識、技能を有していながら、現代社会は、かつてあったどの時代よりも不幸な時代として、あてどもなく漂流している。現代人の魂には優越感と不安感こそが巣くっている』
これはそっくりそのまま、21世紀の現代にも当てはまりませんでしょうか?
オルテガの考える「大衆」とは次のような存在です:
- 世界は文明化されてはいるが、その住人である「大衆」は未開である
- 大衆は特別な資質を持たない人たちの集合体、あくまでも「平均的な人たち」のことを言う
- 大衆にあるのは欲求だけであり、自分には権利はあるが義務があるとは思ってもいない
- 大衆は、自己完成への努力をせずに、波の間に浮標(ブイ)のように漂っている人たちのこと
- 大衆は計画性を一切欠いており、ただ成り行きまかせ。まるで「満足しきったお坊ちゃん」である
- 大衆は道理に耳を貸すことはなく、ただ己の体感だけを信じている
- 大衆は、いかなる文明の原理にもまったく興味を示さない。あらゆる古典主義を白紙に戻して、いかなる過去のうちにも模範や規律を認めようとしない。過去を持たない、あるいは忘れた人間の幼稚さ、野蛮性への退行
- ほとんどの国民が、自分の国に対して尊敬の念を持っていない
- 大衆は一方で、「国際的」と呼ばれるあらゆる規律にはすぐ従ってしまう
- 大衆は「みんなと同じ」であると感じても、そのことに苦しまず、むしろ、他の人たちと自分は同じなのだと満足している
- みんなと同じでない者、みんなと同じように考えない者は、抹殺される危険にさらされる。平等への権利は、理想ではなくなり、欲求や無意識の前提へと変化してしまった
- 凡俗な魂が、自らを凡俗であると認めながらも、その凡俗であることの権利を大胆に主張し、それを相手かまわず押しつける
- 大衆の中には政治しか、それも軌道をはずれ、狂乱し、我を忘れた政治しかない
いやはやなんとも、なんとも辛辣なオルテガ。しまいには、『馬鹿は死ぬまで馬鹿である』とまで言い放ってしまいます・・・。
さらにオルテガは、その大衆が「国家」の支配権を握ることにより、個人や集団の自主性を押しつぶし、決定的に未来を枯死させる役割を担うと喝破します。
「そうしたタイプの人間が社会の指導的地位を奪取し、社会的権力がその大衆の一代表に握られ、意思決定するようになる。その代表的な例が、ボルシェビズムとファシズムである。左翼にせよ右翼に押せよ、それはどちらも、人が愚かであるために選択できる無限の方法のうちの一つにすぎない。白蟻が仲間に餌を与えて誘き出し、最後は身体ごと喰い尽くしてしまうのに似た、あの社会主義者の残酷さ。」
まさにここです。
右だろうと左だろうと、それは結局「社会主義」という名の悪、さらに言えば「全体主義」そのものなのだと、オルテガはとっくに見抜いています。そして、その根源にはあるのは「大衆の反逆」という道徳的退廃以外の何物でもないと。ヒトラーは、大衆による正当な選挙で熱狂的に選ばれた国家元首であるという限りなく重い事実によって、その後、それは明確に証明されてしまうんです。
「大衆」を単に批判するだけでなく、それが人類にとってどれほどの恐ろしい帰結を招きうるのか。その普遍的な仕組みの解明にまで論を進めたこと、そこにこそ、オルテガとこの著書の偉大さがあります。
まさに21世紀の現代まで見据えた、なんという透徹した洞察力なのでしょう。
さて、この危機に対するオルテガの処方箋は、「優れた少数者」による統治というものです:
- 「優れた少数者」は、自らに多くを要求して困難や義務を課す人
- 「優れた少数者」は、未来のために生き続けながらも、過去の中にも生きる。おのれを越える要請を否応なく求める存在である
- 「優れた少数者」に特有の態度は、不思議さに大きく見開かれた眼で世界を見ることにある。サッカー選手には分からない楽しみである
これは単なる「選民(エリート)主義」ではないかとの批判に、オルテガは、『社会を大衆と「優れた少数者」に分けることは、社会階級による区別ではない。あくまでも人間としての区別なのだ。』と答えます。いずれにしても現代は、確実にそれとは逆の方向に進んでいるのですが・・・。
そしてオルテガは、「自由主義的デモクラシー」こそが、これまで創られた社会的制生の最高水準の形式であると述べます。「自由主義とは、最高の寛大さなのだ。多数者が少数者に与える権利。敵とも、いや弱いものとも共生するという決意なのだ」とも主張しています。
さらに、デモクラシーが健全かどうかは、「ひとえに選挙制度にかかっている。それ以外のことはすべて二次的である。ローマは愚かな選挙制度に固執したために、死滅寸前になった」とも述べます。
アメリカ大統領選挙の大混乱を見ても、まさに選挙制度こそが根源的重要性を担うということが分かりますね。
ちなみにオルテガは、「国際連盟からはいかなる対応策も期待できない」と、これまた鋭く見切っており、まさにそこから国際秩序は簡単に破綻し、第二次世界大戦の悪夢に突入していくのでした。
繰り返します、21世紀の現代にこそ読まれるべき書物は、オルテガでしょう。
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