ビートルズのリマスターに想うこと

beatles-box1今回のビートルズ・リマスター化で、ひじょうに良かったのは、「リマスターとはどうあるべきか」という点について、大いに考えさせてくれたことだと思います。

既に「聴き比べ」で述べましたが、「リマスターは、オリジナルを忠実に再現することを重視し、不要な加工を極力排除すること」につきます。

全体のたたずまいを整えるために、多少音圧等を調整する。原音に影響を及ぼさない範囲で雑音を除去する、等々。

その点、今回のビートルズのリマスターは、正にあるべき姿を示してくれた良心的な作品で、だからこそ「それほど変わらない」という評価で良いんでしょうし、それで正しいんです。


とにかく、巷には「よけいな細工を加えたリマスター」が多すぎます。

リミッターやコンプレッサーを掛けると音圧が上がり、音にパンチが増すような気がします。イコライザーで高音を上げると、シャキッと切れ味が増すような気がしますし、低音をブーストすれば、迫力が増すような気がします。

しかし、そういうものは本来、聴き手がそれぞれの環境に合わせて調節すれば良いもので、iPodのイコライザーを変えるとか、カーオーディオの設定を変えて、好きなように楽しめばいいんです。

リマスターをいじってしまうと、全てに色がついてしまい、元にもどることができません。

高音を上げすぎると、長く聴くのがつらいですし、音圧を上げすぎると音楽のニュアンス(ダイナミック・レンジ)が失われます。雑音の除去も、注意しないと原音を損なうケースがあります。

「耳が悪くなった年寄りは黙ってろ」という意見もあるようですが、「いいじゃねーか気持ちよきゃ」ってことでしょうか?悲しいです。年齢の話ではないのが分からないんですね・・・。

リマスターはCD作成の最終行程に近いので、専門のエンジニアに任されることが多いです。アーティスト自身がリマスタリングの現場に立ち会い指示するケースもありますが、多くは分担作業になります。

よって、本来エンジニアたちは「アーティストの想い」を忠実に再現すれば良いのであって、勝手に高音を上げたり、音圧をむやみに上げたりして良いはずがないんです。

ところが、残念なことに、そういったケースが散見されてきました。

わたしが問題だと思っているのが、特に日本製のCDに多いんですけれど、リマスターを行うエンジニアの名前や、スタジオの名前が明記されていないことです。

紙ジャケSHM-CDにあわせてリマスターが花盛りですが、CDのどこを見ても、どこの誰がやっているのか分からない場合が多いです。

海外では、例えば、バーニー・グランドマンボブ・ラドウィックなど超一流からはじまって、マスタリング・エンジニアの名前が書かれないことはまずありません。ゲイトウェイなど、スタジオ名も特定されます。責任の所在がはっきりしているということです。

ビートルズの今回のリマスターも、ガイ・マッセイら担当エンジニアがはっきりしていますし、場所はアビイ・ロード・スタジオです。あたり前です。

これが、EMIミュージック・ジャパンに丸投げされて、誰がリマスタリングしたか分からない、なんてことがあり得ますか?日本は、今回紙ジャケで立派に貢献したのですが、「音」そのものをいじるってことにはならないでしょう?



なぜ日本はそうなるのか?

ここからはちょっと悲しいんですけど、やっぱり「売らんかな主義」があると思います。

まず、日本人は高音と低音を強調したサウンドを好みます。これを「ドンシャリ」と言います。切れが良くて、迫力があると感じてしまう。オーディオ機器なども、それを反映しています。例えば、iPodソニーウォークマンを比べてみて下さい。すぐ分かります。

だったら、日本のCDを買わなければ良いんですが、初のリマスターが日本だけといったケースがあり、購入することになります。例えば、2007年のリトルフィートや2006年のバート・バカラックの一連のリマスターです。色づけがややきつく、少々残念な仕上がりだと思います。

しかし、日本のエンジニアの間でも議論はあるようで、例えば、今月号のストレンジデイズでは、葛巻喜郎氏による「エンジニアから見たビートルズのリマスター」に関し、非常に良心的な話が聞けます。ご苦労も多いようです。「リマスタリングの場合は、アーティストの意にそぐわないことをしてはいけない。エンジニアの影が見えない音ほど良い」という見識を示して下さいました。今後に期待ということでしょうか。

最後に、紙ジャケやSHM-CDについても言いたいことはたくさんありますが、結局、いちばん大事なのはCDそのものなんだということ。そして、世界的に認知されていない「高音質CD」を「売らんかな」でかつぐのは、ほどほどにしませんか?それが証拠に、ビートルズはSHM-CDなんて採用していないんですから。


2 件のコメント

  • バーニー・グランドマン。懐かしい名前が出てきました。まだ現役なんですね。ということは、アルバムジャケットの隅っこのほうにある”Mastered by Bernie Grundman at A&M Records” なんていうクレジットを追いかけていた頃は、龍が昇り始めたところだったんでしょうか。聴き手にとって、自分が聴いている音は、果たして造り手が最終的にゴーサインを出した音と同じものなのだろうか、ていうのは永遠のナゾなんだと思います。そういう意味で、時を経て、リマスター作業において、音に細工を加えるなんて許せないし、それは、リマスター版ではなく、他のアーチストによるリメイクであり、パチです。

  • 七大先生、いつもありがとうございます!
    バーニー・グランドマンは、その後さらに上り詰めて、マイケル・ジャクソンのリマスター(2001年)とか、王道中の王道です。ボブ・ラドウィックも、ポリス「シンクロニシティー」のリマスター(2003年)など、実に風格ある仕事をしています。
    まさに、音に細工を加えるなんて許せません。リマスターは、本当のプロにだけ許される厳粛な世界なんです。