最後のユニコーン

unicorn1982年に公開されたアニメ映画「最後のユニコーン/The Last Unicorn」。ジミー・ウェッブの手掛けたサントラが、ついに手に入りました。廃盤で、まるっきりあきらめてたんですが、こういうことがあるんで、小まめにチェックしないといけないんですね。歌っているのはアメリカ。上品なオーケストラに彩られた好作品です。また、「お宝」が増えちまった!
さて、少しは新しいものも聴かなきゃと思って、TSUTAYAで借りてきました。アヴリル・ラヴィーンコールドプレイ
ホント、いいと思います。どっちも。
でも、なんちゅーか。おじさんの心を特に打ちはしませんね。「そりゃ、てめーがオヤジだからだろー」って、そりゃ、そうです。そうですが、あえて分析するとですね。
音楽業界の競争が余りにも激しいので、「私は何を売り物にしています」というのを強烈に絞り込まないと相手にされなくなっている。マーケティング的に。あれもこれも、と個性がはっきりしないアーティストは、デヴューの機会すらないんでしょう。色々なテイストの音楽を組み合わせて聴くのは、あくまでリスナーであって、アーティストの方で色々やっていただく必要はありません、っていうことでしょうか。
各アーティストは、その限定された個性の中で、強烈に技を研ぎ澄ますことが求められる。だから、レベルは高いんです。猛烈に。だけど、昔のように(出た!)、ひとりのアーティストに「無駄とも思われる多様な音楽性」を期待することもできなくなってきちゃったんではないでしょうか。
その極地はビートルズだと思うんですけど。
じゃあ、「昔はビートルズのような圧倒的スターがいたもんだ」と懐かしがっているだけでいいのか・・・。
最近、進化論の大家スティーヴン・グールドの「フルハウス」って本を読んだんですが、「大リーグ・ベースボールになぜ4割バッターが出なくなったのか」ということを、まじめに分析してるんです。昔はベーブ・ルースのような大打者がいたのに、なぜ最近はいないんだ、ということです。
これは、打者の技術が下がってしまったわけではなくて、むしろその逆。選手のレベルが全体的に上がってしまったため、「例外的に」ものすごい結果を出す選手が生まれにくくなっている、ということを統計学的に証明したんです。
きっと、これとおんなじことが、音楽界でも発生しているんですね。
みなのレベルが上がりすぎて、「例外的に」ものすごいアーティストが出にくくなっている。
例えば、今ビートルズがオーディションにやって来たら、きっとプロデューサーにこう言われちゃうんでしょう。「君たち、イイんだけど、もう少し整理してから出直ししてくれないかな」。
究極の例外、ビートルズは、もはや生まれない構造になっているんですね。きっと。

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