エディ・ジョブソンはなぜ「プログレッシブ・ロック界の貴公子」と言われるのでしょう?
リック・ウエイクマンやキース・エマーソンにも匹敵する華麗なるキーボードの腕前を誇り、おまけにバイオリンまで弾き、その上ルックスも抜群というスター性を持っていたエディ・ジョブソン。
1978年に結成されたスーパー・グループ「U.K.」(「憂国の四士」!) でキャリアのピークをむかえることになります。
でも80年、U.K.を解散してからはどうもエディの人生はうまくいきません・・・。
1983年、俗に「グリーン・アルバム」と言われるソロ・アルバム、「Eddie Jobson / Zinc」を出したんですが、ぜんぜん話題にもならず、93年にCD化されてもすぐ廃盤になってしまいました。85年には「テーマ・オブ・シークレッツ」という傑作ソロ・アルバムを出すのですが、これも商業的には失敗。イエスに加入し損なったり・・・。なんだか、ぜんぜんパッとしません。。。
ということで、エディ・ジョブソンの熱烈なファンを自認するでんど〜でありますが、実は今まで「グリーン・アルバム」を聴いたことありませんでした・・・。お恥ずかしい・・・。
当然ず〜っと気にはなっていたんですが、たまに中古で見かけても、やたら高いので躊躇してたんです。それで、この前ふと見たAmazon.UKで¥3000ぐらいで出ていたので、ようやく入手しました。
しかし、今さら言うのもなんですが、これはエディ・ジョブソンのファンなら必携だったんですね・・・。
バンド形態なんですが、あくまでエディ・ジョブソンが弾きまくり、オマケにヴォーカルまで一人でリードをとりまくってしまう。曲調もエディ節全開なクールで切れ味鋭いプログレ。ただ全体的に、これまでになくポップな要素がちりばめられており、例えて言えば、あのトレバー・ホーンの「バグルス」に近いようなところもあります。
そういえば、エディのボーカルも、どことなくトレバー・ホーンに似ているような・・・。頼りないジョン・アンダーソンというか・・・。
今月号の「ストレンジ・デイズ」にエディ・ジョブソンのインタビューが載っており、その頃の苦労について触れています。
『”グリーン・アルバム”のときは、ニュー・ウェイヴとかポップが全盛で。MTVが始まり、ルックスがよくて踊れるようなバンドが注目されていたときだったから、レコード会社と契約するのは至難の業だったね。当事はヴィジュアルが先行で、きちんと楽器が弾けるとか、テクニックなんかはどうでもよかったんだ。僕もそれなりにトライしたよ。(次回作の「ピンク・アルバム」のために)80年代風ポップの曲を書いたんだけど、結局はフラストレーションがたまって、ゲームから下りることにした』と当時を振り返るエディ・ジョブソン。
いかにもエディらしい。トレバー・ホーンがポップの大ヒット曲「ラジオ・スターの悲劇」を出して、その後大きくステップ・アップしていったのと好対照に、あくまで自分の美学をつらぬいてしまったエディ・・・。
最近の活動ぶりも、U.K.のようなU.K.でないような、バンドのようなバンドでないような、プログレのようなプログレでないような、歯切れ悪さばかりが目立ちますが、あくまで自尊心を失わず、胸はっているエディ・ジョブソン。
「人間はやっぱり心意気や。魂売り渡したら、生きて行かれへんわ!!」
そんな、ちょっと不器用で浮世離れした貴公子エディ・ジョブソンが、でんど〜はやっぱり大好きであります。
(ところで、でんど〜の買った中古盤はジャケットが東芝EMIなんですが、CDの盤面自体がどうも怪しい。これってコピーなのかな、ひょっとして・・・。たら〜・・・。)
さて、エディ・ジョブソンの最近の活動ぶりについてはこちらから。そして、彼の今を知るにはこれを聴け!→「アルティメット・ゼロ・ツアー・ライヴ」
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