いや〜、これは恐ろしい小説です。
光文社古典新訳文庫で読むトルストイ。
『クロイツェル・ソナタ』と『イワン・イリイチの死』という短編2作品ですが、これがどちらも「壮絶な夫婦の物語」になっており、本当に恐ろしいです。
前者は、ロシアの地主貴族が奥さんの不倫に嫉妬しまくり、ついに・・・、というお話。後者は、病気になった裁判官が、どこまでいっても奥さんと家族の理解を得られず、最後は・・・、というお話。
とにかく、ここには、一切の「夫婦愛」とか「家族愛」とかいうものは存在しておらず、そのひたすら荒涼たる家庭の有り様に、ただ背筋が寒くなるのみなんです。
トルストイは、一体なぜ、ここまで自分の奥さんのことが信じられず、ひたすら猜疑心と嫉妬心に苦しめられ、挙げ句の果てに、ここまで不幸なことになっちゃうような小説を書いたのか、ということなのですが、これには大いに理由があります。
トルストイ自身の奥さん、ソフィアは「世界三大悪妻」の一人と言われており(あと二人は、ソクラテスの妻クサンチッペとモーツアルトの妻コンスタンツェ」)、お二人の結婚生活は、それはそれは悲惨だったそう。
頑迷な自尊心だけの貴族階級の出身であるソフィアは、トルストイの思想とその業績がまるでわからず、ひたすら夫婦喧嘩が絶えなかったそう。たまらなくなったトルストイが晩年、「自作の著作権はすべてロシア国民にゆずる」と遺言に記したところ、それを知ったソフィアが自分の財産権を守るため、あらゆる手段を使って争ったようです。しまいに、絶望したトルストイが家出を図り、逃走途中の小さな駅の駅舎で死んでしまったというのは有名な話ですね。
なので、この2作品に対するトルストイの情念のほとばしりにも半端ないものがあります。むしろ、「結婚生活」「夫婦関係」というものを、このような形でしか捉えることのできなかったトルストイの私生活が、本当に気の毒に思えるほど。
ただ、ソクラテスもモーツアルトもトルストイも、その「負のパワー」を逆噴射させて(?)、人類史上に残る仕事を成し遂げることができたんですから、我々からすると「恐ろしい奥様方たちよ、みんな、あなたたちのおかげです。本当にありがとう」と言わなければいけないのか・・・。
トルストイは今まで、『戦争と平和』と『アンナ・カレーニナ』の2大長編を読んでいたので、これで充分かと思っていましたが、小林秀雄が「一人の作家の作品は全集などをつうじ、なるべく全部読むように。例えばトルストイなど」とおっしゃっているのが、そもそもこの2作品に目を通すきっかけだったのですが、こんなトルストイに出会えて、まさに、それは本当と実感します。
ということで、トルストイに限らず、例えばドフトエフスキーなど、名だたる作家については、代表作だけでなくなるべく周辺まで含めて読まないといけないんだなと再認識した次第です。
=================================
コメントを残す