
スティーリー・ダンの『うそつきケイテイ(Katy Lied)』は、1975年に彼らの4作目のアルバムとしてリリースされました。一般的には、その後の『彩 (Aja)』や『ガウチョ( Gaucho)』の方が評価が高いのですが、筆者の中ではひょっとするとこれが一番好きなアルバムかもしれません。洗練の極地へと突き進んで行くスティーリー・ダンがちらっと見せたポップな側面。ジェフ・ポルカロが軽快に飛ばし、マイケル・マクドナルドが素敵にハモる。小粒ながらキャッチーで愛すべき曲がたっぷり楽しめるんです。
その『うそつきケイテイ』のSACDがAnalogue Productionsレーベルから出ました。これは同社によるスティーリー・ダンの全アルバム復刻プロジェクトの一環で、すべてアナログ・ディスクやSACDでリリースされるのですが、筆者はアナログもSACDも聴きません。ここで重要なのはSACDにハイブリッドで収録されるCD音源です。
そしてなんと言っても目玉は、あの巨匠バーニー・グランドマンがリマスターしていること。
『うそつきケイテイ』はスティーリー・ダンの他のアルバムと違ってリマスターCDの種類が多くありません。それは、1999年になされた全アルバムのリマスター・プロジェクトの時のみです。ただそれも、バーニー・グランドマンの手による優秀なリマスターだったので、今日に至るまで、筆者としても一番愛聴しているバージョンでした。
そして今回、いよいよ2度目のリマスター。とても楽しみです。
『うそつきケイテイ』には悲しい逸話が残っています。スタジオでの録音作業の終盤、雑音除去のために使用されたドルビー・システムの不調から、すべての曲に好ましくない変調が加わり、以降、前のバージョンを取り戻すことができなくなってしまったそう。ドナルド・フェイゲンもウォルター・ベッカーも不満を持ち、アルバムの完成時に聴くことを拒絶したとか。
そんな、ちょっと不幸な逸話を持つ『うそつきケイテイ』ですが、筆者はそれほど悪いサウンドとは思いません。さらにそれが、今回のリマスターでどのように料理されるのか?
今回のSACDプロジェクトに関するいろいろな情報を総合すると:
- 音源:オリジナル・アナログ・マスターテープよりDSDでデジタル変換し、16ビッド44.kHzにダウン・コンバート。
- マスタリング手法:バーニー・グランドマンはまずオリジナルのマスターテープを深く研究し、特にその自然なダイナミクスと透明性の再現を優先することにした。CD規格(Redbook)的には不充分な音源かもしれないが、それでもCDとしての品質を引き上げる効果を生んでいる。
- サウンド・キャラクター:より温かみのあるオープンなサウンドの傾向が感じられ、細部の再現性が改善されサウンドステージもより拡大している。ベースはよりタイトでミッドはよりスムース、ハイはより聴き疲れしないように配慮されていいる。圧縮の度合いも控えめで、よりアナログ的な感覚も残っており、ダイナミックレンジも適切に保たれている
- 評論家の意見:「この新リマスター盤は、1999年のリマスターを聴き慣れたオーディエンスの耳には「パンチが足りない」とか「目の前に迫ってくるような感じに乏しい」といった点から、よりアグレッシブな1999盤の方が好きといった感想が多いかもしれない」。また「確かに新リマスターの方がテープ・ヒスノイズが大きいが、より多彩な質感が感じられ、特にそれはパーカッションなどに顕著。それに対し1999年盤は、時折り音の薄っぺらさを感じる」といった意見です。
ちなみにその1999年リマスターについては:
- 音源:オリジナル・マスターテープから直接、標準的なRedbook基準に基づき16ビット/44.1KHZのCDフォーマットに変換
- マスタリング手法:バーニー・グランドマンにより、当時のCD市場におけるニーズに基づいてリマスター処理がなされた。具体的には、オリジナル・ミックスに対してよりクリアーに、ダイナミクスを増すような作業だった。
- サウンド・キャラクター:「より大きな音量」で、より「圧縮して」というトレンドに沿ったもの。イコライザーはやや高音を強調気味で、ミッドレンジも前に出るように。もっともフェイガンもベッカーも「ラウドネス戦争に参加するつもりはなく、よりオリジナル・サウンドに忠実であることを心掛けたけどね」と言っています。
- 批評家の意見:「発売当初は多くの賞賛を得たリマスターだったが、のちにその「デジタル臭さ」を批判する声も出てきた。またそのダイナミック・レンジも、現代の技術で可能となったより広いものからすると、それほどでもないと言える。」
以上であります。
さて筆者の感想を述べますと、はっきり言って最初は、慣れ親しんだ1999年のリマスターの方が全然良いと思いました。ダイナミックでパンチがあって音が前に出てくる。だけどそれは結局、当時のリマスターがそういう指向性にあったからで、はっきり言ってコンプレッサーとイコライザーで操作したに過ぎないのでしょう。そういう意味では、今回のSACDバージョンは、確かに少しおとなしくて物足りなく感じるところもあるけれど、より明瞭で繊細な、下敷きとなるオリジナルのアナログ・サウンドに近いものと考えれば、優れているかも。今後は大切に聴き込んでいきたいと思っております。
最後に、その『うそつきケイテイ』から私の特に好きな曲をふたつ。どちらも今回のリマスター・バージョンということですが、YouTube動画で違いが分かるでしょうか?
まず、「ドクター・ウー(Doctor Wu)」:
そして、アルバムの最後を飾る、「スロウ・バック・ザ・リトル・ワンズ(Throw Back the Little Ones)」。もうとにかくメチャクチャ好きなんだわ〜。
今回のスティーリー・ダンの全アルバム復刻シリーズを手掛けるのがAnalogue Productions。親レーベルAcoustic Soundsの傘下で1992年、アメリカ・カンザス州で設立され、主にジャズ、ブルース、ロック、フォーク等の名盤LPレコードのリイシューやCD、SACDの製造に携わっているレーベルです。オリジナルのマスターテープからマスタリングまで手掛け、そのこだわりの高音質には多くのファンがいるそう。今後も注目して参ります。


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