イーロン・マスクを育てた傑作SF巨編:『月は無慈悲な夜の女王』

イーロン・マスクが、「自分を育てた本」のひとつとして挙げたのが、ロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』(▶️『イーロン・マスクの読んできた本)。

今から60年近く前に書かれたSF小説で、権威あるヒューゴー賞受賞。SF小説界の巨人ハインラインにとっても、その最高峰と称される大傑作です。

月に移住しコミュニティを作った人々が、地球政府から独立するために立ち上がり、戦争に突入するというストーリー。

恥ずかしながら筆者は、同書を読むのは初めてなのですが、そのあまりの素晴らしさに今さらながら驚嘆し、この記事を書いたところです。

そして、なによりも触発されたのが、岡田斗司夫のこのYouTube。「日本にGAFAのような成功企業が生まれないのは、経営者がSFを読んでいないからだ」というもので、その推奨SFの筆頭に『月は無慈悲な夜の女王』を挙げています:

岡田氏は、「新しい技術が生まれたとき、日本の経営者はそれを単なる技術の問題としてしか考えない。しかし本当に重要なのは、その新技術が人間の社会や価値観をどう変えていくのか。その想像力を養うには、SFを読むしかない。イーロン・マスクなど、シリコンバレーのIT起業家はみなSFオタクである」と語ります。

確かに『月は無慈悲な夜の女王』は、月と地球の戦争という、単なるアクション・アドヴェンチャーを超えており、人間社会や文化に対するハイラインの深い洞察に満ちあふれています。例えば:

  • なぜ月に多くの人間が移住するようになったのか
  • 月の特異な環境(酸素の欠乏、放射線の脅威、弱い重力など)によって、人々の生活はどう変わらざるを得なかったのか
  • 男女比率が異なる移民社会で、家族はどのように変質していったのか
  • 月世界の政治体制や金融経済はどのような仕組みなのか
  • 月を属領と考える地球政府は、どのような圧政を強いて来たのか
  • 武力で圧倒的に劣る月政府が、どのような戦略で地球政府に対抗するのか

特に驚くのは、「マイク」という名前のスーパー・コンピューターが月政府の味方として大活躍するところ。これは完全に現代のAIを先取りしていると言えるでしょう。

また、同書には「無料の昼飯などというものはないThere ain’t no such things as a free lunch)」という有名なフレーズが出てきますが、これは「何も失わずに何かを得られることはない」というメッセージ。さらにこれが「政治や法律などを当てにせず、我が身と家族は自分で守る」という考え方にも繋がり、現在のアメリカ保守政治の中核的思想である「リバタリアニズム自由意志主義)」のベースにもなっているというのだから、奥が深い!

そんな幾重にも重なる背景に、緻密な異空間が構築され、個性的な登場人物たちが生き生きと活躍し、壮大なスペース・オペラを繰り広げる。ハインラインのとびきり上等な腕前に、ただただ「参りました」とひれ伏すしかないでしょう・・・。

尚、これは有名な話なのですが、同書は我国が誇る『機動戦士ガンダム』のルーツともされています。同じくハインラインの『宇宙の戦士スターシップ・トゥルーパーズ)』と2冊合わせると、確かにガンダムの世界に大いに繋がるものがありますね。

ところで筆者は大のSF映画好きなのですが、SF小説の方はどうも苦手でした。それは、これまで手を出した作品がイマイチだったからかもしれません。

例えばハインラインも、日本では『月は無慈悲な夜の女王』よりずっと『夏への扉』の方が人気が高いようですが、これはどうも日本だけの現象のよう。アメリカの著名なSF小説ランキングでは、常に『月』の方が圧倒的に上位(▶️ローカス賞オールタイムベスト)。一方『夏への扉』は「世知に疎い主人公、健気な少女、可愛い猫という要素まで投入され、日本人受けの良い甘味に満ちている」という説も。ハードSF好きな私にとって、ハインラインの初体験がどうも残念なものだったらしく・・・。

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ちなみに、ジミー・ウェッブがハインラインへのリスペクト込めて作曲したのが『The Moon Is a Harsh Mistress』という曲で、『月は無慈悲な夜の女王』の原題そのもの。リンダ・ロンシュタットジョー・コッカーなど多くのミュージシャンに歌われましたが、ここでは、リンダのバージョンでお聴き下さい:

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