アイン・ランドを読まない人生なんて!

イーロン・マスクらの読書歴を紹介した『天才読書』(▶️こちら)。そこでも大きく採り上げられたのが、アイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』です。

日本での知名度は高くないですが、アメリカではなんと『聖書』の次に多くの人に読まれる大ベスト・セラーだそう。「アイン・ランドを読まない人生なんて!」と、多くの人がその魅力にハマってしまいました。

例えばイーロン・マスク以外にも、スティーヴ・ジョブズマーク・ザッカーバーグなどのIT創業者から、アラン・グリーンスパンら経済分野まで、著名人の愛読者も多いそう。

一体、彼女の何がそこまでアメリカ人の心をとらえるのでしょう?

アイン・ランドは1905年、旧ソ連に生まれ、21才でアメリカに亡命。そこから執筆業に取り組み、小説『水源』で開花。1957年の『肩をすくめるアトラス』でまさに国民的作家となったのでした(1982年逝去)。

『アトラス』の舞台は、産業経済が大きく発展しつつある20世紀半ばのアメリカ合衆国。そこに共産主義を目論む暗黒政府が出現。それに対抗すべく敢然と立ち上がった一群の企業家たち。本書はその壮絶なバトルを描くもので、ある種の近未来SF小説とも言えます。

鉄道会社の超優秀な若き女性副社長をヒロインに、ドラマチックなラブ・ロマンス、スリルとサスペンス、アクションもたっぷりという大アドベンチャーで、3巻の文庫を一気に読ませる迫力と面白さに満ちています。

ただ、普通の企業・経済小説と違うのは、そこにアイン・ランドの「哲学」が色濃く出ていること。その意味では「思想小説」とも言え、純粋なエンターテインメントを期待する読者には、ややしんどい部分もあります。

では、そのランド女史の「思想」とは?

シンプルに言うと、「人は誰でも自分の幸せ、自分の生きがいを貪欲に追求していいんだ。そして皆がそうすることによって、社会は全体として良い方向に向かうんだ」というもの。

実際、本作の主人公たちは、自らの信念と行動に絶対的な自信を持ち、暗黒政府からどんな圧力を受けようと一切ひるむことなく立ち向かいます。

アイン・ランドはこれを『倫理的利己主義』と呼びました。ただ、その「利己主義」の部分に対し、「自分さえ良ければいいのか?」、「能力のある者だけが金持ちになれるのか?」といった批判もあびたのは事実です。

むしろその思想は、アメリカの保守政治の一派である「リバタリアン」につながったところが重要です。それは「個人の自由を重視し、他者に干渉しない。自分の国、自分の家族は自分で守るので、政府は小さければ小さいほどよい」という考え方。

分かりやすい例は、映画で言えば、ジョン・ウェインの演じる西部劇のカウボーイ。要するに、「自分の村と家族は自分の銃で守る」ということです。

ただ、ランド本人は、自分がリバタリアンと同一視されることに反発しました。

それでは、その「倫理的利己主義者」のモデルは誰でしょう?リスクの高いゴールに挑み、不屈の闘志でやり抜き、成功し巨万の富を得る?それってやっぱり、イーロン・マスクのようなIT長者のことですかね?

ところで、さらに『肩をすくめるアトラス』の優れたところは、その「暗黒政府」の描き方だと思います。

それはまさに「共産主義」のこと。

旧ソ連において、共産主義の欺瞞や暴力に骨の髄までさらされたアイン・ランドの「反共姿勢」は筋金入り。そのグロテスクな姿を描き出す筆致に容赦はありません。

ここに登場する暗黒政府は、「人間は自分の利益を考える前に隣人の利益を考えるべきだ。そしてその配分は、多数決で決定するのが唯一公正なのだ」と主張します。

一聴しただけでは、まともにも聞こえるのですが、しかし、とんでもない。ここで行われるのは「富の収奪」そのものです。

暗黒政府は、主人公たちの経営する成功企業から、好調な事業部門をもぎ取り、ダメな企業にくれてやる。ダメな企業は政府に擦り寄り、濡れ手で粟を得ようとする。要するに、働き者が血と汗で築いた成果を、たかり屋が寄ってたかって山分けにしてしまうという構図。暗黒政府は、この「富の再配分」を公正に進めるという名目で、その権限を一手におさめ、少数のエリートで人間社会を完全に支配する。

これこそが、まさに共産主義の悪と言えるでしょう。

主人公とその仲間たちは、これらの悪に立ち向かうため、一致団結して反撃の狼煙を上げるのでした。

さて来年、2024年に大統領選挙を迎えるアメリカ。現実の社会も、そのようなドラマチックなクライマックスを迎えるのでしょうか?そして、これは当然に、アメリカのみに当てはまるものではなく、いよいよ混迷を深める世界、そして日本の将来にとっても大きな節目が目の前に迫って来ていると言えるでしょう。

そんな今こそ、アイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』を読むべきではないでしょうか。

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