『月影の騎士』ジェネシス

Genesis-Selling-England-By-The-Pound英国プログレッシブ・ロック界の雄「ジェネシス」。

彼らの「音楽的な」最盛期は70年代前半まで。ピーター・ガブリエルがフロントに立っていた時期と、筆者は確信しております。

ピーターが脱退し、フィル・コリンズがヴォーカルを担当してから、ジェネシスは商業的に大成功をおさめますが、これは別のバンドと言って良いです。

ピーター・ガブリエル在籍時のジェネシスは、クラッシックを下敷きに、高度で複雑な曲構成を誇るとともに、どこかフォークなどに通じる多様さ・繊細さを持った、圧倒的に芸術性の高いグループでした。

また、ピーターの作り出す摩訶不思議な詞世界は、ライブにおける奇怪なコスチューム(狐、老人、騎士など)とあいまって、まさに「怪奇骨董音楽箱」の世界を作り出していたのです。

当時のアルバムは全て傑作ですが、あえてひとつ選ぶとすれば、1973年発表の「月影の騎士Selling England by the Pound)」でしょう。

まず、曲目からして雰囲気にあふれています。「エピング森の戦い」、「五番目の入江」、「あなたの衣装部屋で」、「審判の後」、「シネマショウ」等々。舞台はイギリスの田園、森、湖、入江、月影の夜・・・。

ほかのプログレシブ・ロックのバンドの多くが、「宇宙」とか「SF」に題材を求めて行ったのに対して、ジェネシスは、英国の民話・伝承を受け継いだ幻想的な「おとぎ話」の世界を頻繁に取り上げました。

技術的にはそれまで、やや未熟で、「ヘタウマ」な感じもあったジェネシスですが、経験を積み、この「月影の騎士」では、メンバーの演奏テクニックも非常に高いレベルに達しており、独特な音世界を自在に構築できるまでになっていました。

息をひそめた静寂から、壮大で力強い空間表現まで、5人のメンバーは正に一糸乱れぬチーム・ワークで、ダイナミックに演奏を繰り広げます。

原動力となっているのはフィル・コリンズのドラム。筆者は、彼のヴォーカルは、今でも大嫌いなのですが、そのドラムの腕前には、とにかく脱帽せざるを得ません。強烈なテクニックで、バンド全体をグイグイひっぱって行きます。

音楽的な主柱はトニー・バンクスです。クラシカルな曲造りのリーダーシップを握るとともに、ハモンド・オルガン、ピアノに加えメロトロン、アープ・シンセサイザーなどを駆使して、実に多彩で感動的な音空間を構築しています。

スティーヴ・ハケットは哀愁度満点のギターで、マイク・ラザフォードは、リッケンバッカー・ベースから12弦ギターまで、とっかえひっかえ、しっかり貢献しています。

そしてピーター・ガブリエル。

騎士になり、農民になり、ロミオになり、彼こそが、我々を白昼夢の世界にいざなってくれる主人公でした。

さてそれでは、アルバムの3曲目、「ファース・オブ・フィフス / Firth of Fifth」をお聞き下さい。どこまでもクラシカルに、格調高く爪弾くトニー・バンクスのアコースティック・ピアノに導かれ、壮大かつ繊細なパノラマが展開します:

さてそして、アルバムの白眉は、ラストをかざる楽曲「シネマ・ショウ」です。後半部分を埋め尽くす7拍子のインタープレイは、フィル・コリンズのテクニックと、トニー・バンクスの音楽性が全開する一大スペクタクル。何度聞いても鳥肌モノです。貴方が、もしこの曲とイエスの「危機」を聴いて、両方ともピンと来なかったら、プログレには縁がないとあきらめていただいた方が良いかもしれません。

これはそれほど、文句なしの傑作だと思います。

ぜひ、お聞きください:

あくまで繊細に、そしてダイナミックに、音楽の美と陰影をつむぎ出していく。ロックというジャンルがどこまで表現の幅を広げうるか。ジェネシスはまちがいなく、その頂点を形成したのです。

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さて、やっぱり、ジェネシスの当時のアルバムは全部聴いてほしいですね:

怪奇骨董音楽箱 Nursery Cryme:
フィル・コリンズ初加入の71年作。これで、バンドの骨格は固まりました。「ジャイアント・ホグウィードの帰還」「ミュージカル・ボックス」など、ミステリアスな魅力に満ちています。

フォックストロット Foxtrot:
72年の本作をもって、ジェネシスの音世界は完成します。ライヴの定番「ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ」のメロトロンによるイントロは、ほとんどワーグナーの序曲に匹敵するかのよう。さらに、「サパーズ・レディ」は、あらゆる要素を詰め込んだ23分におよぶ超大作。感動!

眩惑のブロードウェイ The Lamb Lies On Broadway:
ピーター・ガブリエル在籍時の最後を飾る、74年の問題作。舞台はニューヨークに飛んで、プエルトリコ人の主人公が現実と幻想の世界をさまよう、アルバム2枚組の叙事詩。怒涛のようにあふれ出るガブリエルの着想と歌詞に、ただ圧倒され、それをかたち作るバンドの創造力にも脱帽。崩壊に至る緊張感が、たまらなく良いです。

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