とにかく「狂気」は、とてつもなく売れました。
- 1973年4月リリース。ピンク・フロイドにとっては初の全米アルバム・チャート第1位獲得
- 以降、アルバム200ランキングに15年間(741連続)にわたってランクイン。ビルボードのカタログ・チャートでは30年以上(1,630週以上)ランクインというロング・セラーのギネス記録樹立
- 売上枚数は、アメリカだけで1,500万枚。全世界で5,000万枚以上。
- 日本でもオリコン・チャートで最高2位まで上昇
それは、ピンク・フロイドが、初めて「アメリカ市場」を強烈に意識し、徹底的に造り込み、満を持して放った「戦略的アルバム」でした。
時あたかも、プログレッシブ・ロックの「戦国時代」。
英国の、いわゆる「5大プログレ」をはじめ、多くのバンドがしのぎを削る中で、アメリカにおいても、イエスが1971年の「こわれもの」と翌年の「危機」で、それぞれ全米3位、4位。エマーソン・レイク&パーマーが1971年の「タルカス」及び翌年の「トリロジー」で全米9位、5位と、大きな成功を収めて行きました。
やや出遅れていたのが、ピンク・フロイドです。
下記の全米ランキングのデータのとおり、ピンク・フロイドは、「狂気」以前では、1970年の「雲の影」の46位がアメリカにおける最高位。イギリスでは確固たる地位を築いていたピンク・フロイドも、アメリカでは苦戦を強いられていたんです:
- 1967年 夜明けの口笛吹き 131位
- 1968年 神秘 ランク外
- 1969年 モア 153位
- 1969年 ウマグマ 74位
- 1970年 原子心母 55位
- 1971年 ピンク・フロイドの道 152位
- 1971年 おせっかい 70位
- 1972年 雲の影 46位
そして、「狂気」。
オープニングを飾る『スピーク・トゥ・ミー(Speak To Me)』から『生命の息吹き(Breathe)』へ。あらためて聞いてみて下さい。:
ピンク・フロイドが「狂気」にどれだけ力を入れたかは、その「メイキング・ビデオ(2003年)」でも明らかです:
- 「狂気」の原型は、1972年初頭に完成しており、以降、ライブでも未完の組曲として披露し、観客の反応等を見ながら内容を逐次組み替え、入念に練り上げていった。フロイドがアルバム発表前に曲をステージで演奏したのは初めてのこと。同年3月の日本公演でも演奏され、当時の仮題は『月の裏側-もろもろの狂人達の為への作品-』(筆者も、極寒の東京都体育館で同曲に触れたのを明確に記憶しております・・・)。
- アラン・パーソンズをエンジニアとしたレコーディング期間は半年に及ぶ。例えば、「マネー」の冒頭で聴かれるレジスターの効果音の編集だけに30日を要す。
- あまりに長期にわたって作業を続けたため、最後は自分たちだけでは判断ができなくなり、第三者の意見を求めるため、クリス・トーマスを「ミックス監督」として招請。
さらに、アメリカ市場を狙った工夫も凝らしました:
- ゴスペルを意識し、4名の女性ヴォーカル部隊を大胆に導入。特に、『虚空のスキャット』では、シンガーのクレア・トリーの即興ソロ・ヴォーカルをフィーチャー。そのソウルフルな歌唱は、アルバムのハイライトとなる(クレアはリック・ライトと並び作曲者としてクレジット)。
感涙の 『虚空のスキャット』をぜひお聞きください:
- 『マネー』と『アス・アンド・ゼム』では、ディック・パリーによるサックス・ソロをフィーチャー。ブルース/R&Bフィーリングをたっぷりと
- 米国キャピトル・レコードは「マネー」のシングル・カットを断行。徹底的な営業戦略により全米11位のヒットへ叩き込み、アルバム『狂気』の起爆剤に
ロジャー・ウォーターズによる哲学的な歌詞に加え、笑い声や時計など多数のサウンド・エフェクトが施され、エコーやリバーブで広大な音響空間を創出。ノン・ストップの組曲として限りなく「夢幻的」に演奏され続けるんですから、アメリカの聴衆も、さぞや気持ち良く「飛べた」ことでしょう!!!
ピンク・フロイドの演奏能力について、筆者はいつも悪口を言ってるのですが、この「狂気」においては、それがむしろプラスになったように思われます。
- ひとつひとつの楽曲は徹底的にシンプルにアレンジされ、難しいことは何もやらず分かりやすい
- ニック・メイソンの切れ味の鈍い、もったりしたドラムも、ロジャー・ウォーターズの重たいベースと一緒になると、実に堂々たる雄大なリズム隊へ変身
- リック・ライトの、これまたヘタクソなキーボード(失礼!)も、超シンプルなピアノ演奏や、まったりしたシンセサイザーで妙にはまる
- バンドの中では唯一のテクニシャンとも言えるデイヴィッド・ギルモアが、この上なくブルース・フィーリングあふれるギター・ソロを炸裂させる
そのギルモアのギターが飛びまくるのはコレ、『タイム』です:
ということで「狂気」は、ピンク・フロイドの「執念」が産み出した、実に恐るべきアルバムなのであります!
さて、ピンク・フロイドは、「狂気」以降、どのアルバムもヒット・チャートのトップに叩き込み、どのツアーも特大級のアリーナ会場を埋め尽くすスタジアム・バンドとして、とてつもない成功を収めていくことになるのでした。
筆者は、そんな「狂気」を歴史的名盤と呼ぶことに、なんの異存もありません。
ただ、そのあまりにも出来過ぎな「商品としての完成度」とか、冒険をしているようで実は「ものすごく慎重で保守的」というか、「リスク回避の姿勢」が垣間見えて、個人的にはピンク・フロイドで一番好きなアルバムかと問われると、「ノー」と言わざるを得ません。
わたしのリアル・タイムなフロイド体験は、1970年の「原子心母(Atom Heart Mother)」で始まりました。
牛がこちらを向いている・・・。
なんという衝撃的なアルバム・ジャケットなのでしょう!!
そして、アルバムA面を埋め尽くす組曲は、オーケストラによるクラシックそのもの!
これには感動しました。ハマりました。
イギリスの前衛音楽家ロン・ギーシンが全面的にサポートした作品で、フロイドのメンバーは気に入らないようですけれど、彼らが初めて全英1位を獲得したのはこのアルバムなんです。
ぜひ、あらためて、その表題曲を聞いてください:
そして、さらにハマったのが「おせっかい(Meddle)」でした。
これは1971年、今度は一転して、ピンク・フロイドが、4人のバンド・メンバーだけで仕上げた意欲作。
特に、アルバムの最終トラックである『エコーズ』は、23分を超える大作。その、「透徹した緊張感」といいますか、「荒涼とした寂寞感」にたまらなくイマジネーションを揺さぶられます。
ぜひ、これもあらためて堪能下さい:
同アルバムには、ほかに、シングル・カットされ、プロレスラーのアブドラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲にも使用された人気曲「吹けよ風、呼べよ嵐」も収められていますね。
ピンク・フロイドよ、永遠なれ!
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