スティーヴ・ウィルソン、この「たわけ者」め!

© Naki Kouyioumtzis. Steven Wilson, on location, oxfordshire.イエス「危機」のリミックスが出たので、早速買いました。スティーヴ・ウィルソンが、今度こそ意味のある仕事をしてくれると祈って。しかし、結果はやっぱり残念なものでした・・・。

ポーキュパイン・ツリーのスティーヴ・ウィルソンは、近年、プログレッシブ・ロックの名盤の復刻プロジェクト(リミックス/リマスター)の責任者に次から次に任命されています。キング・クリムゾンのほぼ全作品にはじまって、EL&Pの「頭脳改革」や「タルカス」、キャラヴァンの「グレイとピンク」からジェスロ・タルの「アクアラング」まで。まさに、「プログレ界の独占企業」という感じの仕事ぶりです。

わたくしは、それらの復刻版をほぼ全て購入し聞いて来ていますが、今のところ、ひとつとして満足できるものはありません。

何が問題なのかと言うと、「ほとんどオリジナル音源と違いがない」からです。本人もインタビューで答えています「いわゆる名盤ばかりなので、ファンが戸惑わないようできる限りオリジナルに忠実かつ緻密なリミックスを心がけている(レコード・コレクターズ2013年2月号)」。

アホか! ウィルソンさん、あんたリミックスとリマスターを間違えてまへんか?

リマスターは、最近で言えばビートルズのリマスターが著名なように、まさに「オリジナル 2トラック・マスターテープの音源を、極力オリジナルに忠実に、不必要な加工を加えずリマスターすること」が重要なんであります。

一方、リミックスは、オリジナルのマルチ・トラックテープ(通常8〜32トラック程度)にさかのぼって、それぞれのトラックに録音されたドラムやギターなど各楽器やボーカルを新しくミックスしなおし、必要に応じエフェクト等を加え、全く新しいバランスでステレオ、あるいは5.1チャンネル等の「マスター」として創り上げることなんです。

40年前のプログレを今「リミックス」するということの意味は、まさにオリジナルに挑戦して、最新鋭の技術とノウハウを注ぎ込み、「現代のリスナーのリスニングにも応えられる、新しい音楽を提供すること」だと思うんです。

PORG-40-yesそういう意味では、例えばこの復刻盤『危機』は、本来、ビル・ブラッフォードのスネアのコンプレッサーを調整したり、シンバルやハイハットにイコライジングを施してシャープにしてみたり、クリス・スクワイアのベースのボトムを拡張したり、スティーヴ・ハウのギターをさらにステレオ・パンで飛ばしてみたり、リック・ウエイクマンのメロトロンに深いフェイジング/コーラス効果を加えて真のストリングス風味を付加したり、ジョン・アンダーソンのヴォーカルをよりマルチに重ねて何十人分ものコーラスに変えたり、オンにしたりオフにしたり、やることはいくらもあったでしょう!

さらに、5.1チャンネルのマルチトラック・バージョンでは、より大胆に音を動かしたり、リスナーを取り囲むように音像を配置し直したり、トリッキーなエフェクトを加えたりと、思いっ切り遊び心を加えたっていいんです。

要するに、「現代の人々が聞いて、これらのアルバムの素晴しさを再認識してもらうこと」こそが、リミックス復刻盤の使命でしょう?それを、40年前のオリジナルになるべく忠実に再現してどうすんの???くり返しますが、それはリマスターの仕事で、リミックスの仕事ではありません!

録音技術は日進月歩しております。リスナーの嗜好も長い年月で変化していきます。我々が、40年前のロックやポップスを聴いて「古くさい」と思うことが多いのは、かなりの場合、「録音技術が古い」ことを原因とします。

昔と代わり映えしないリミックス盤を出した結果、現代の若いリスナー達が「なんだ、やっぱり古くさい音楽だな」と判断することになってしまったら、まったく意味がないじゃないですか!

わたくしが特に残念に思うのは、スティーヴ・ウィルソンが40年ぶりに「オリジナル・マルチトラックテープに手を加えても良い」というチャンスを、まさに満を持して与えられたのにもかかわらず、何を変えたんだか良く分からないような仕事をして、一体どうするんだってことです。こんな機会は、今後、近いうちにまた巡って来ることはないんです!

そしてこの点にこそ、スティーヴ・ウィルソンが「ほぼ独占的」にこういった仕事を受注し続けていることの秘密があると思います。つまり、キング・クリムゾンのロバート・フリップにせよ、イエスやEL&Pにせよ、「誰にこの復刻プロジェクトをやらせるか」と判断する際、「完成されたオリジナルは可能な限り尊重して」と言われれば誰だって悪い気分はしないに決まっています。これこそが、スティーヴの「ビジネス・モデルの核心」であると睨んでおります。弱冠46歳。「オヤジ・キラー」スティーヴ・ウィルソンの面目躍如です。

オリジナルに手を加えることには大きなリスクが伴います。どんなに上手く作業しても、古くからのファンからは「俺たちの愛する名盤を勝手にいじりやがって何だ!」と文句が出るに決まっています。でも、それはやむを得ないことなんです。プロジェクトの目的が違うんですから。そういった「事業リスク」をとってチャレンジもせず、極力安全運転で商売を増やして行く、スティーヴ・ウィルソンの商魂をわたくしは恨みます。

わたくしは、「危機」や「頭脳改革」や「太陽と戦慄」といったプログレッシブ・ロックの名盤は、決して考古学的な意味合いにおいてではなく、「現代の若いリスナーにもちゃんと聞いてもらえれば必ず感動してもらえる」と信じております。これら名盤は、まさに時代を超えた真のクラシックとしての芸術的価値にあふれた、人類の文化遺産であると思うからです。

そういう意味で、わたくしはこれからもスティーヴ・ウィルソンにせよ誰にせよ、こういった名盤の復刻盤は入手し続けて行きます。だって心から愛する名盤たちが、どんな形であっても新しく世に問われるのを決して見逃すわけにはいかないからです。

尚、最後に今回の「危機」リミックスですが、結局オリジナルとほとんど一緒で残念と申してはいるものの、実は、本音ベースではそれでも全く構わないところもあります。だって、名匠・故エディ・オフォードによる鉄壁のプロダクションとエンジニアリングに支えられたオリジナルの「危機」は、まさにそのままで時代の荒波を超えて行く完成度を誇っているから、つまり、何のサポートも必要となんかしないで永遠に不滅だからであります!

久我 潔

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