フローベールの『三つの物語』

これまで読んだ小説の中で、『ボヴァリー夫人』の面白さは群を抜いています。

不倫にのめり込む新妻エンマが、加速度的に破滅に向かって落ちてゆく。その手に汗握る展開ぶりに、まさに「我を忘れて」読みふけってしまったものでした。

それもすべて、ギュスターヴ・フローベールの筆に力があればこそ。

ところがフローベールって、極度の寡作ぶりが有名で、ほかの小説を読もうと思っても、日本ではなかなか適当なものがありませんでした。

そこでこの10月、光文社の古典新訳文庫でフローベールの短編集『三つの物語』が出たので、早速読んでみました。

これは、フローベールが晩年に残した短編集で、「素朴な人」「聖ジュリアン」「ヘロディアス」という三つのストーリーからなっており、「これこそが、フローベール芸術の粋を集めた傑作」という愛読者も少なくないとか。

三つの作品は、それぞれ大きく異なる色合いを持っています。

「素朴な人」は、まさに無学で素朴な家政婦の半生を、落ち着いた暖かい目線で描いたもの。一方、「聖ジュリアン」は、城主の息子ジュリアンが血に飢えた殺戮を繰り返し急速に転落していく様、そして「ヘロディアス」は、旧約聖書を題材に古代エルサレムで展開される重厚な作風。

どれも甲乙つけがたい完成度を誇っており、単品でも読み応えある上に、まとめて読み終わった時に、大きな感慨を呼ぶような造りに満ちています。

フローベールが寡作なのは、その推敲があまりにも徹底しているから。削ぎ落として、削ぎ落として、これ以上ないというところまで凝縮した文章を、決定的な必然性をもって提示する。その無駄のない切れ味鋭い文章で、物語は前に前に進められて行きます。特に「聖ジュリアン」のスピード感は、まさに「ボヴァリー夫人」を彷彿させるよう。

また、その徹底した取材でも知られるフローベール。あらゆるディテールに調査を深めることにより、絶大なリアリティーを実現する。

特に「ヘロディアス」における古代キリスト世界の細部は、圧倒的なリアリティーを持って、目の前に展開してくれます。オスカー・ワイルドの「サロメ」と同じ題材を扱いながら、両者の料理の仕方は決定的に異なっており、これまた甲乙つけがたいです。

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今度は同じく、光文社古典新訳文庫のフローベールで、「感情教育」を読んでみたいと思います。

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