愛する音楽
でんど〜の愛する音楽、好きなアーチストやアルバムをまとめてご紹介するページを作りました。
どうかご覧下さい。
やたらクラシック漬けの日々が続いてたんですが、なんだか今度は無性にロックが聴きたくなってしまいました。一体なんなんでしょうね?ビートの無い世界にも限度があると・・・。
きっとベック様の晴れ姿を見たからだ。
そこで、ワン・チャン*(Wang Chung)の「エヴリバディ・ハズ・ファン・トゥナイト」。
轟音でフリーウエイをぶっ飛ばしたぜ。
それはそれで、また激しく快感。。。。
*ワン・チャン(Wang Chung)〜ほとんどの方が覚えてもいないでしょうけれど、80年代後半のブリティッシュ・ニューウエイブ系のバンドです。ウィリアム・フリードキンの映画「To Live and Die in L.A. 」のサントラを担当したり、けっこうヒットを出しました。クールな感じでとっても好きだったんです。
ご興味のある方は、下をご覧下さい。
アメリカの「ロックの殿堂」25周年記念でテレビ特番がありました。
ブルース・スプリングスティーン、U2、スティング、ミック・ジャガー、ビリー・ジョエル、メタリカ、サイモンとガーファンクル、スティーヴィー・ワンダーといったキラ星のような大御所の中で、とっても輝いていたのが、ジェフ・ベックさまであります!
脇を固めるのは、ジェフお気に入りのタル・ウィルケンフェルド譲とヴィニー・カリウタ。超絶フレーズを余裕でかますベックさま。決め手は「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」。堂々たるパフォーマンス振りをご覧下さい!
最近ますます安定度を増し、見た目も10歳ぐらい若返ったよう。ジミー・ペイジ、エリック・クラプトンらが、そろそろ「ご隠居」という中で、ジェフ・ベックさまは完全に「現役」。もう一度、ピークをむかえてるような気すらします。
かつて、ロックに「芸術」の夢を見たこともありました。
それが、筆者にとっての「プログレッシヴ・ロック(プログレ)」です。
クラシックが成し遂げたように、ロックだって「妥協のない芸術」を生み出せる。100年たっても200年たっても語り継がれる文化遺産・・・。
ジェネシスやイエス、キング・クリムゾンといった70年代のプログレのムーブメント。そこには、確かにそういった雰囲気と可能性がありました。
ポップスの常識を超えて、曲がどんどん長くなって行く。10分、20分、30分。LP(なつかしい!)の片面全部で一曲なんてのが出てきました。
先駆的なのはイエス。1972年の記念碑「危機」は、正に片面一曲。続く「海洋地形学の物語」は、LP2枚組みで片面一曲づつ。計4曲。マーラーの交響曲にも匹敵する堂々たる「ロック・シンフォニー」です。
長いだけでなく、曲造りも独創的になって行きます。それまでのロックン・ロールに、クラシックやジャズなどさまざまな要素が加わる。バンド・メンバーが、さまざまな楽器をとっかえひっかえ演奏する。エレクトリック・ギターから生ギター、シタールまで。シンセサイザーの本格的導入もここから。分厚いコーラスも加わる。
曲の構成もひじょうに「構築的」になって行きます。主題があって、変奏曲的に展開して、間奏曲があって、大団円を迎える。一分の隙もない構成。それを表現できる各メンバーの高い演奏力。
→イエスの「危機」については、「音楽の殿堂」もご覧下さい。
クラシックに足りないのは「リズム感」です。決定的に「ビート」が欠けています。
当たり前です。
ドラム・セットなんてありません。ティンパニーがド〜ン!シンバルがシャ〜ン!トライアングルがチ〜ン!
あくびが出ます。
黒人音楽がもたらしたリズム。シャズのスイング。ロックのアフタービート。近代ポピュラー音楽の核心は、そのリズムにあります。グルーヴこそすべて!
筆者が、ずっと願っていること。それは「クラシックの音楽性と、現代のリズムを合体できないか」ということ。「強烈なグルーヴの上に、クラシックの荘厳な音響が乗っかる」。それが、筆者の「理想」とする音楽なんですけれど・・・。
その片鱗が、プログレでした。
例えば、フォーカスの「ハンバーガー・コンチェルト」。
フォーカスは、オランダが生んだ唯一の「世界的に成功した」ロック・バンドです。ヴォーカルなしのインストゥルメンタルですが、超絶技巧のギターと、クラシックをルーツにした革新的な曲造りで、熱狂的ファンを獲得しました。
彼らが74年に発表したのが「ハンバーガー・コンチェルト」。LPの片面を埋め尽くしたのが、表題曲です。
クラシックとの融合をめざしたロックは多いですが、これほど有機的に合体し、昇華させた例は他にありません。
なんせ、まず冒頭が、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」から始まるんです。リズムが胎動し始めると、ぐぐっと「ロック的」に盛り上がります。どこか中世・バロック時代にも通じる格調を秘めつつ、フィナーレは「カンツォーネ」的に炸裂。何度聴いても、感動また感動です。
これこそ、「クラシックの音楽性と現代性との合体」。ひとつの極地がここにあります。
さわりをライヴ映像で見てみましょう。
クラシックとの融合という意味では、エマーソン・レイク&パーマーも、その筆頭です。
彼らは、わりと「そのまんま」クラシックの名曲を取り込みました。何といっても有名なのは「展覧会の絵」。ムソルグスキーの組曲を3人編成で丸ごと実演。世界中で大ヒットさせます。
彼らが下敷きにしたクラッシックは多々あって:
・バルトークの「アレグロ・バルバロ」(ファースト・アルバム「未開人」)
・ヤナチェクの「シンフォニエッタ」(ファースト・アルバム「ナイフ・エッジ」)
・チャイコフスキーの「くるみ割り人形」(展覧会の絵「ナット・ロッカー」)
・コープランドの「ロデオ」(トリロジー「ホウダウン」)
・チャールズ・ヒューバート・パリーの「エルサレム」(恐怖の頭脳改革「聖地エルサレム」)
・アルベルト・ジナステラの「ピアノ協奏曲第1番」(恐怖の頭脳改革「トッカータ」)
・コープランドの「庶民のファンファーレ」(ワークス「庶民のファンファーレ」)
など、比較的近代の作品が多く採り上げられました。
→エマーソン・レイク&パーマーについてはこちらもご覧下さい。
さらに、「クラシックの精神」「芸術性」という意味で、最も高見に登ったといえるのがジェネシスです。
彼らは、既存のクラシックを編曲するのではなく、全てオリジナルで勝負しましたが、その楽曲自体が真の意味でクラシックに匹敵する芸術性をそなえていました。頂点が「月影の騎士」。格調あふれる曲造り。複雑できめ細かい構成美。ダイナミックな変拍子のリズム陣の上を疾走するシンセサイザー。筆者の理想が実現した想いです。
→「月影の騎士」については、さらにこちらから
ひとときの「夢」を見させてくれたプログレッシヴ・ロック。今は、見る影もありません。
イエスなど、歳とったメンバーが同窓会的に、創造性の枯れ果てた音楽を再生産しています。後継者も生まれません。プログレの「様式」だけをパクったメタル系バンドなど多数出てきましたが、パターン化した「タコ壷」は創造性とはほど遠いです。
いつかまた、真の芸術が生まれることを願いながら・・・。
さて、ご紹介してきた「プログレの名盤」を最後にまとめました。色々なバージョンが出回ってますけれど、でんど〜の推薦盤なら確かです!ロック・ファンはもちろん、クラシック・ファンの方々にこそ、ぜひ聴いていただければと思います。
クラッシックは堅苦しいと決めてかかっている人が多いと思いますが、そんなことはありません。
むしろ、一番自由な音楽はクラシックなんだって思います。
クラシックに比べたら、ロックやポップスはなんて型にはまった音楽なんでしょう。時間は3分。イントロがあってサビ。間奏から最後はサビの繰り返し。リズムは一定ですし、メロディーはシンプルで覚えやすくないといけません。何と言っても「売れないと」いけなんですから、当たり前です。
一方クラシックは、一曲で「1時間突破」なんてのはいくらでもありますし、転調転調でどんどん曲調がかわってしまうのもざらです。楽器編成も千差万別で、こじんまりしたのから超巨大なモノまで、制限はありません。
要するに、作曲家のやりたい放題ということ。芸術家として納得できるまでトコトン勝手に造りますので、出来上るモノに妥協はありません(もちろん、クラシックにもスポンサー付きの宮廷音楽やオペラのように、「売れる」ことが第一のモノもたくさんありますが)。
例えば、「マーラー」のシンフォニーなどはその極地です。まず長い長い。交響曲第3番は、演奏時間100分。「史上最も長い音楽」として、ギネスブックにも掲載されておりました。
なぜこれほど長くないといけないのか?
長いだけではありません。曲はひたすらうねうね続いて行きます。初めはホルンが高らかにファンファーレを奏で、勇ましい感じで幕を開けます。ところが、それから延々と暗い感じの「イントロ(?)」が続いて行くんです。なんだか、明け方の寝ぼけたような感じと言いましょうか。悪夢で目が覚めて呆然としてるといったような・・・。
このイントロが10分続きます・・・!。
やっと行進曲的なテンポになって曲が動き出してからも、一筋縄では行きません。メロディーが次から次にくり出され、覚えるもなにもありません。楽器がドシャドシャ重なって来て、勝手に盛り上がって行きます。そしたら、また立ち止まって「おどろおどろしい」曲調へ。あらあら、合唱も出てくる。最後は、確かに天国のような・・・?。
正直、疲れ果てます。
これを、コンサート会場で座って聴いてたら、つらいだろうなあ。拷問と言えるかもしれない。
でも、そんなことをマーラーは気にもしていないのです。彼にとって重要なのは、「自らの芸術の完成」。それだけです。
マーラー自身が、こう語っています:
「これ(交響曲第3番)はおそらく、これまで僕が作曲したもののうち、最も成熟した、最も独創的なものだ」。「この交響曲は、世界がいまだかつて耳にしたことのないようなものだ。そこでは自然界全体が一つの声を得て、人が夢の中で予感することしかできないほどの奥深い秘密を物語るのだ」
アーティストが妥協を知らず、どんな手法でもどん欲に取り入れ、ひたすら「自己満足」を目指して曲を完成させて行く。その独創性と柔軟性は計り知れません。
正に、芸術の芸術たるところで、そこには「オーディエンス」とか「売れるとか売れない」といった考え方はもはや入ってきません。
「妥協を知らない芸術性」。筆者は、正にそこにクラシックのたまらない魅力を感じるのです。
→「マーラー 交響曲第3番」のおすすめはこちら
→「交響曲第6番」については「音楽の殿堂」でも
「じゃあ、クラシックだけがいいのかよ。」「だったら、ロックとかもう言うなよ。」
いえいえそんなことはありません。「クラシックもとっても素晴らしいんです」。「聴かず嫌いはもったいないかもしれませんよ」、ということを言ってるだけです。
それでは次回。ロックとクラシックの接点ということで、また書いてみたいと思います。
さらに大変であります。
作曲家ごとの代表曲を整理したり、欠けてる曲を図書館で借りてきたり。iTuneで、200曲ほど「プレイリスト」に入れ、次から次にイントロ当てクイズやったり・・・。
「アマデウス」のブルー・レイも買いました。アカデミー賞8冠に輝く、1984年の傑作。未発表シーンほかオマケ満載。モーツァルトの名曲の数々が、華麗な映像とともによみがえります。
オペラがまた大変です。
なんせ、曲と曲名が結びつかない。何度も聴いたことある、あの名曲!
ヴェルディもプッチーニもいいけれど、特に「ピエトロ・マスカーニ」という作曲家にはまっております。「カヴァレリア・ルスティカーナ」という作品のみが有名なんですが、これが実にたまらなく素晴らしい。
特に良いのが「間奏曲」。(アンドレア・ボチェッリの独唱バージョン「聖なるマリアよ」をどうぞ。)
オペラ映像を楽しみたければ、プラシド・ドミンゴのDVDでどうぞ。映画「ロミオとジュリエット」のゼフィレリが監督。超絶的に美しく、ロマンチックであります。
→マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》/レオンカヴァッロ:歌劇《道化師》 [DVD]
かなり病気です・・・。

「頭が良くなるクラシック」という記事(樋口裕一「プレジデント 50プラス 2009.7.15号」)を読みました。モーツァルトとベートーヴェンを比べた分かりやすい入門編だったんですが、愕然としたのは、
ということでした。。。
クラシックは好きで、色々聴いてはいたのですが、好みがかなり偏ってます。
ドビュッシーとかラヴェルといった、美しいフランスの近代音楽。大げさで迫力満点なワグナーのオペラ。ロックにも通ずるストラヴィンスキー。「羊たちの沈黙」のバッハとか・・・。
モーツァルトとかベートーヴェンといった「王道路線」は、敬して遠ざかるというか、あえてお近づきになる機会を求めて来ませんでした。何度耳にしてもピンと来ないし、「古くさい音楽」で片付けてました。小さいころ無理矢理やらされた「ピアノのおけいこ」のトラウマかもしれません。
このまま中途半端でイイのか?
それで、早速、猛然と聴きはじめたのであります。
まず、モーツァルト。
いきなりシンフォニーの全集を買っちゃいました。CD10枚組み!でも、3000円ちょっとだから大したことありません。チャールズ・マッケラスというオーストラリアの指揮者。
これって、「大人買い」?!
選ぶのは「グラモフォン・クラシカル・ミュージック・ガイド 2010」で推薦しているモノということで、完全に他人任せです。
続いて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集。8枚組み。2500円。ウィルヘルム・ケンプという方。グラモフォンでは「とにかく最高」ということで、ダイヤモンドに「G」の大きなマークがついてます。
近所の図書館でもCDを借ります。一回に8枚までOKなので、すごい分量です。
ということで、筆者のクラシック再挑戦は、「物量作戦」からスタートいたしました。
これを目方で計ると、
筆者の保有するiTuneの曲数は、全部で57,202曲。ファイルの容量は、638ギガ・バイトという馬鹿げた分量です・・・。
そのうち、クラシックは、
今のところ、7875曲、93ギガ・バイトということで、全体の10数パーセントということになります。まだまだマイナーな存在です。ただ、すでに7000曲を突破しているということ自体、自分でも唖然とします・・・。
ちなみにジャズは4863曲、82ギガ・バイト。ソウルが2712曲、31ギガ・バイト。日本のが3244曲、22ギガ・バイト。残りの大部分が、洋楽のロックとポップスってことになります。アハハ、とにかくロック少年のままということで・・・。
さて、今後、集めたクラシックを聴かないといけません・・・(笑)。
確かに、モーツァルトの「ピアノ協奏曲23番」など、多くの方が絶賛しているモノは、素晴らしいと感じます。なぜ、いままで聴きのがして来たのか?単なる食わず嫌いか?それとも、いよいよ歳のせいで、こういった音楽にしみじみ感じるようになったのか???
自分でも心境の変化にとまどいつつ、しばらくハマってみようと思います。
*ところで、日本では「のだめカンタービレ」というのが大ヒットしているようですが、あれは一体なんですか?漫画なんだと思いますが、クラシックの一大ブームを巻き起こしてるそうですね。素晴らしいです。見てみたいなー。
ジェームズ・キャメロンの新作「アバター」は、いよいよ12月18日公開ということで、盛り上がって来ました。予告編を見た限りでは、かなり期待できそうです。キャメロン監督のことですので、「駄作」ということにはならないでしょう。
必見です!
公開2週目で、全世界の興行収入が100億円を突破したマイケル・ジャクソンの「This Is It」。予想以上に良かったです。Rotten Tomatoでも80%と、高い評価を得ています。
急死するなんて考えられないほど、マイケルのコンディションは良さそうで、まさにツアー本番に向けて、直前のリハーサル風景が堪能できます。あらためて思い知ったのが、マイケルのアーティストとしての実力の高さ。隅々に指示を出し、より良いものを作り上げて行く意欲に満ちています。
これだけの予算を掛け、大規模な準備を行ったコンサート。実現していれば、ものすごい反響を呼んだはず。マイケル・ジャクソンの真のカムバックとなったかもしれないと思うと、残念です。
合掌
ドゥービーのほぼ全作品が、紙ジャケ・リマスターSHM-CDで出そろいました。
注目は、1980年発表の「ワン・ステップ・クローサー」。なぜかこれだけ、1991年のCD化以来リマスターされずに来ており、今回「世界初」となります。
で、早速購入しました。
しかし、これが大いに???なのであります。
日本だけで発売されるリマスターに少々疑問を感じていた筆者は、不安感を覚えつつも、「何とかまともであってくれ」と祈るような気持ちでした。
でも、やっぱり今ひとつです・・・。
問題は、不自然な高音部の持ち上げにあります。
「ビートルズのリマスターに想うこと」でも書きましたが、「よけいな色づけはやめてくれ」ということです。
しつこいのを承知でもう一度、リマスターとは何たるかを書きます。
それは、「オリジナルを忠実に再現することを重視し、不要な加工を極力排除する」ということにつきます。
リマスターの作業は大きく3つに分解されます:
1. ノイズ除去装置による古い録音時の不要なノイズ等の排除
2. リミッターやコンプレッサーによる音圧の調整
3. イコライザーによる(高音から低音までの)音質の調整
専門のエンジニアがコンピューターを用いて行うのですが、大前提は「原音を大きく損なうことなく、最低限必要な調整を、細心の注意で行う」ということだと思います。
そういう意味では、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の修復作業のように、綿密な時代考証を行い、原画の上に積み重なったよごれを注意深く除いたり、欠け落ちた絵の具を、可能な限り当時に近い素材で、慎重な色合わせの上補ったりといったことです。作業には大きな困難がともないますので、何年にも及ぶことも珍しくありません。
「ワン・ステップ・クローサー」は、かつての日本のリマスターに比べれば、露骨さが減っていると感じられますが、それでも、ハイ(高音成分)がイコライザーで必要以上に引き上げられていると思います。ドラムのシンバルやパーカッションなど、特に「金モノ系」に顕著です。一聴すると、日本人の好む「切れがイイ」サウンドのような気がするのですが、だんだん不快になってきます。不自然な色づけがなされてしまったことを感じます。大変残念です。
同封のライナー・ノーツには、小さくこう書いてあります:
2009 Digitally Remastered by Isao Kikuchi
このヒトは、一体どこの誰でしょう?
恐らくワーナー・ミュージック・ジャパンの社員か、フリーランスのスタジオ・エンジアでしょう。
今回のビートルズのリマスター作業には、アビイロード・スタジオの専属エンジニアが何年にもわたって、まさに名画の修復作業のように取り組みました。その結果、極めて格調の高い、21世紀の標準CDとも呼べるリマスター盤が生まれたんです。
ビートルズのリマスターに、日本のよく知られていないエンジニアが携わるってあり得ると思いますか?
なんで、ドゥービー・ブラザーズだとそういうことがあるんでしょうか?
そもそも:
1. このリマスターについて、アーティスト側(この場合ドゥービー・ブラザーズ)は、最終作品を聴いているのか?
→ 恐らく、日本市場に限ってのリマスター販売をライセンス供与しているのであって、リマスターの出来自体については日本の会社(この場合ワーナー・ジャパン)に任せて(丸投げして)しまっているのではないか。
2. このリマスターの元になるマスター・テープは何を使っているのか?
→本来、1980年当時のオリジナル2トラック・アナログ・テープから「デジタル・リマスター」を起こすのが妥当な手順だが、恐らく、既に日本に渡されている「デジタル・マスター」にリマスター作業を施してるだけではないか?特に、日本のリマスターはこういうケースが多いのではないか?
「そんなに日本のが嫌なら買わなきゃイイだろ」とみなさんはおっしゃるでしょう。そのとおりです。今後、よほどのことがない限り、日本市場だけを対象にした「紙ジャケ・リマスター」には手を出さないことにします。日本でしかリマスター盤が出ないという場合も、やむを得ません・・・。
→それでも「聴いてみようか」という方は、こちらからどうぞ(ワン・ステップ・クローサー)
→ご意見がありましたら、ぜひお寄せ下さい。
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