「失われた時を求めて」8巻読み終わりました・・・。
第8巻「ソドムとゴモラ II」。 やっと読了です。
ふー。。
一冊に4ヶ月もかかってしまった・・・。とほほ。。。
思わずほかの本にも浮気してしまいました。アメリカつながりで、マーク・トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」などなど。
さて、「ソドムとゴモラ」。ということで、いよいよストーリーは禁断の世界へ深く入り込んで盛り上がるのかと期待(?)もあったのですが、これが、どうもそういうことにはなりません。
確かに、「同性愛」が底流のテーマとして浮上します。ただ、その扱いは非常にデリケートで、少なくとも読者の「興味本位」に応えるようなものではないんです。シャルリュス男爵なる怪物のような男色家が重要な役回りで登場するのですが、焦点が当たるのは、男爵とそのパートナーとの極めて微妙な心理的駆け引きであったり、世間がそれを「そ知らぬふりしつつ」どう見ているかといった、恐ろしく細かい観察と描写に終始します。
マルセル・プルースト自らの性癖がすべて投影されたとしか思えない、微に入り細に入っての表現。ほとんど告白記でもあるのでしょう。ある意味、脂が乗り切っているとも言えます。
でも、なかなかつらいのも事実・・・。
一方、主人公と恋人アルベルチーヌとの関係も重要な柱なのですが、ラブ・ストーリーを期待すると、さっぱり実感が伴わず、これまた裏切られます。とにかく、このアルベルチーヌってのも「レズ疑惑」ということで、さらに屈折しています。
「失われた時を求めて」の中核を占めるのは、主人公の心に去来する一刻一刻の微細かつ克明な心理描写。これが苦しいと思ったら、もうどうにもこうにも進めないでしょう。さらに無限のようにちりばめられるプルーストの博識というか見識の数々。ギリシャ神話から都市の命名学まで・・・。
作品の芸術性が高いほど歯応えもあるのだとは覚悟しています。でも、読書にともなう快楽の総和が、その苦痛の総和を上回ることがなければ、やはり全体的にはつらいですよね。でんど〜にとっての差し引き合計は、今のところやっとトントンって感じでしょうか・・・。
これが「希代の大小説」という点について、世界の評価は完全に定着しています。ということは、ただ「つらい」とか「苦しい」とか言ってるでんど〜は、恥ずかしながら読者としてのレベルがとても低いってことになります・・・。わずかに、遅々とはしていても、読み進めているということは、この世界にはまり込んで逃れられないってことの証明でもあるのでしょうけど・・・。
全巻制覇まで、まだあと5冊。
今後、快楽が苦痛を大幅に上回っていく展開となるのでしょうか?(その点、やや気になるのは、プルースト本人が100%手掛けたのはこの8巻までで、以降の5巻は、彼の死後、未定稿を関係者が編纂したものであるということ。ここからは世界観が変わっていくのでしょうか?)
いずれにしても、この「大小説」を読破するまでは、やっぱり死んでも死にきれないんでしょう・・・。
ふー。。






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