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早速手に入れた『レッド・ツェッペリン・デラックス・エディション』(『スーパー・デラックス・エディション』は6月後半までお預けです・・・)。

とにかくリマスターはどうなんだろうと、取り急ぎ、いくつか過去のバージョンと聞き比べてみました。

そして結論は:

「きっとジミー・ペイジは、2007年の『マザーシップ』を消し去りたかったんだろうな」ということです。

 

聴き比べたのは次の3つの「リマスター」:

  1. 1990年「リマスター・ボックス・セット」
  2. 1993年「コンプリート・スタジオ・レコーディングス」
  3. 2007年「マザーシップ」

1993年の「コンプリート」は、それまでのCDのサウンドを一新する「決定盤」として、ジミー・ペイジが本格的に関与し、全アルバムをリマスタリングしたもの。文句を言えばキリがないのですが、今でも充分聴取に耐えうるバージョンです。

Led_Zeppelin-Mothership_Deluxe_Edition-Frontal一方、2007年にリリースされた「マザーシップ」は、ツェッペリンの主要曲をCD2枚組に詰め込んだベスト盤で、ここでもジミー・ペイジがリマスターに取り組みベスト・セラーとなりました。狙いはズバリ「現代の若い世代にも受け入れられるレッド・ツェッペリン」ということ。そのサウンドは明らかに音圧高く、高音から低音までメリハリのきいた迫力にあふれ、まさに「現代的」と言えるものでした。

さて、それでは今回のリマスターは、一体何をどう変えたのか?

試しに聴き比べたのは、「グッドタイムス・バッドタイムス」「コミュニケーション・ブレイクダウン」「胸いっぱいの愛を」「移民の歌」の4曲。

まず注目されるのは、今回のリマスターの「上品さ」。音圧バリバリの「マザーシップ」はおろか、1993年の「コンプリート」とも異なって「より繊細で耳にやさしい」感じなんです。

音圧をどれだけ詰め込んだかは、ビット・レートとファイル・サイズでも推測できますが、例えば「グッドタイムス」は、1993年ではビットレート942kbps、ファイル・サイズ18.8MB、2007年では968kbps/19.4MBに対し、今回のバージョンは921kbps/18.4MBと縮小し、明らかに「無理なコンプレッション(詰め込み)」を排除しているのが分かります(全てアップル・ロスレス換算)。

ダイナミック・レンジを充分に確保しつつ、注意深くハイレゾ・デジタル・トランスファーによるマスター興しをやり直すことにより、あくまでもオリジナル・マスター・テープを忠実に再現することに主眼を置いたと思われる今回の思想がうかがえます(アナログの比較でさらに明らかになるでしょう)。

さらに、それぞれの音像設定も、過度なイコライジングを控えたナチュラルなもので、結果として、ジミー・ペイジのギターからロバート・プラントのヴォーカルまで極めてクリアーな音が浮かび上がって来ます。ボンゾのドラムも、その迫力は維持したまま、シンバルやハイハットなどの金物系がシャープに鳴り響きます。但し、低音域は注意深く拡張された感があり、ジョン・ポール・ジョーンズのベースが、以前にもまして豊かにボトムを支えます。「胸いっぱいの愛を」のイントロで、その違いは明らか。

以上は、2009年の「ビートルズ・リマスター」以降の潮流となった「オリジナル・マスターに過度な手を加えることなく、可能な限りナチュラルに音像を磨き上げる」というリマスタリングの新しい考え方を踏まえたものと言えましょう。

事実、ジミー・ペイジは、ビートルズの「アンソロジー」に触発され、今回の「コンパニオンディスク」のアイデアを暖めていたとも述べており、明らかに「ビートルズ」の復刻シリーズを意識していたはずなんです。

その点から、彼が一番恥ずべき仕事だと思っていたのは、若者ウケを狙った2007年の「マザーシップ」だったのではないでしょうか。「拙速かつ中途半端な形でリリースしてしまったあれを早く乗り越え、リマスター界においてもツェッペリンらしい確固たる基準を示したい。」これがジミーの想いだったのではないかと筆者は睨んだのであります。

結果的に、レッド・ツェッペリンの栄光を未来につなぐ、まさに21世紀の決定盤といえるバージョンが完成しました!

以上、あくまで「第一印象」のベースで述べましたが、さらに分析が必要だと思います。どうぞ皆さんのご意見もお寄せ下さい。尚、「コンパニオン・ディスク」のアウト・テイクやライブ・トラック等への言及はまたあらためまして・・・。

久我潔

 

 

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